子ども(人)の可能性を信じるということ?
離婚を決めた時に、一番心配したこと。
「子どもは大丈夫だろうか?」
※決める前に、考えるじゃないか?普通?って聞かないで…
「私は大丈夫、でも、子ども達は…」
と、数日考え続けて気づきました。
「ん?なぜ、自分は大丈夫で子どもは大丈夫じゃないんだ?」と。
「ん?子どもは私より弱い?」
「ん?それって、ただの私の思い上がりじゃないか?」
その気づきから、実は、多くを学びました。
子どもは小さい。そんなの当り前。
目の前にいたのは、生れて六か月の娘と、ただただ本能のままに生きる宇宙人2歳。
そりゃ~見るからに「守らなければいけない存在」です。
でもね、「未来」は分からない。
もしかしたら、私なんかより、ずっとすごい存在かもしれない。
だとしたら、私が心配しながら育てたら、そんな想いは子ども達の邪魔をすることになる。
自分の方が優れていると思いたいという、私のエゴに過ぎない。
そう思えた時、
子ども=全ての人
という方程式が私の頭にインストールされました。
私の目にどう見えるか?
世間からどう見られているか?
世間的にはどんな立ち位置にいるか?
は、全く関係がなく、私にできることは
その人の無限の可能性を信じて「本気で」付き合うということだけだと。
子ども達が私を踏み台にしていけるよう、一つのことをしようと考えた。
それは、「自分で決めさせる」ということ。
そして、「自分で決めたことは守る」ということ。
朝ごはんは何がいいか?と毎朝聞きました。
パンかごはんか?おかずは何か?
どの服を着るか?
どのテレビを見るか?
今日はどこへ行くか?
※もちろん、親の予定は優先させます。
どの包丁できゅうりを切りたいか?
※手を切ったら血が出る可能性があると説明し・・2歳や1歳の子に(汗)。
散歩は歩きで行くか、三輪車か?
なので、娘はすんごい服装の組み合わせでお出かけしていましたし、
宇宙人は1キロ以上、三輪車をこいで泣きながら帰ってくるはめになります。
こんなことを続けていたら、小学校高学年になって手に負えなくなってきた(笑)。
要望を聞いていられなくなったのだ!
宇宙人:「なんで、お前の言うことを聞かないとあかのやー!」
娘:「ふーん、それはお母さんの考えね」
あかん。。。。。。。一般常識らしきことも伝えなければ・・・と
悪戦苦闘(宇宙人とは取っ組み合い)を2年ほど(笑)。
これもあくまで実験です。
我が家の二人がどうなるか?
確かに、彼らは、中学、高校と、
私からの重圧(かなり強烈だと思うのですが…)をものともせず、
自分の意思を通してきました(笑)。
でも、私の内心はまだまだ葛藤があり、どうしても口を出してしまう。
人の無限の可能性を信じる・・・・まだまだ修行中です。
そして、願わくば・・・・
彼ら自身が、何かのキッカケで
自分の無限の可能性に気づいてくれる日が訪れることを・・・と願います。
ん?
それには、まず、自分か?(汗)